模倣犯

模倣犯1 (新潮文庫)

模倣犯1 (新潮文庫)

久々に宮部みゆきワールドを読む。この人の小説はいつもそうだけど、この作品もまた絶望の淵を覗いている気分になる。人の弱い部分を多分に持つ線の細い主人公が多いけど、今回も女性や子供が主役らしい。そんなタダでさえ線の細い人物に雨あられのごとく耐えがたい試練が襲い掛かる。時には借金地獄であり、時には両親の離婚であり、時には集団暴行だったりする。まあ、あまり自分には関係ないな(少なくともそう願いたい)というスタンスで読むことが多いけど、いざ自分にその試練が襲ってくると、この小説のような身も世もない絶望の淵に追い込まれるのかもしれない。

その絶望を作り出している犯人とされているのは、今の日本の社会であって、人間関係の希薄さとか治安の悪化とか興味本位のマスメディアとかであり、そういう社会の構造の犠牲となる人を主人公として描いて、今の世の中を批判する、というのがこの人の十八番の展開だろう。そして、その因縁として昔の古きよき下町的な互助精神とか社会のルールを監視する頑固親父の不在を指摘する。舞台は東京の東側のきわめて限られた地区(隅田川の東側で荒川より西側)で起こる可能性がとても高く、そういう意味ではこの人は偉大なるローカル作家と言えるかもしれない。そのおかげで僕の中ではこの地域の犯罪発生率がとても高い印象を強く持っている。もちろん実際にはそんなことはないと思うけど。

要するに内容的には全国青年の主張発表会で入選するような、正義感の塊のようなものだ。ただ、それがただの声高な青年の主張に終わらないところがこの人の魅力であり作家としての腕前なんだと思う。決してマクロ的な総論に陥ることなく、あくまでも個別ケースの近所で起こりそうな設定を丹念に克明に描いている。内容的には、うぇーと拒否反応を起すくらいの正義感ぶりなのに、それを意識させない物語としての面白さがある。興ざめする前にどんどんページをめくってしまう。

なので読後はいつも食傷気味になるか、罪悪感にさいなまれるんだけど、また宮部みゆきの小説に手を出してしまう。