街道をゆく

街道をゆく (1) (朝日文芸文庫)

街道をゆく (1) (朝日文芸文庫)

この本はすごい。今まで手に取らなかったのが悔やまれる。けど、司馬遼太郎の作品を一通り読んだ後に読むからこそ味わい深いのかもしれない。

作者とその土地のテーマのプロと共に巡る紀行文のように見えるけど、その実、「司馬遼太郎と歩く歴史の道案内」という趣き。巡る地域にまつわる歴史の背景や過去のドラマを色鮮やかに紹介してくれている。

1巻では出だしの近江・湖西地区もいいけど、奈良の田舎の物語がすばらしい。この本を読むまで聖徳太子以前の歴史なんて、ただの作り話では??という固定観念があって、さして興味もわかなかったけど、この本の奈良を巡る生き生きとした思慮深い文章を読むと、なるほどそういう時代が本当にあったに違いないと思えてくる。

京都の上賀茂、下鴨で知られる地名も本をただすと奈良のカモ族の名残だとか、出雲も安曇もそういう土着の部族がいたのだろう、という話も始めて読む話で新鮮。そこに朝鮮半島からいろんな種族が流入してきて近江や奈良や果ては関東まで影響してきたというのは、裏づけのあるなしは別としてなんともダイナミックだった。百済の滅亡に伴って流れ着いた大陸の民族が馬に強い坂東武者の祖先だと考えると、なんか韓国が他人と思えなくなっても来る。

奈良の山奥での土着の神々が互いに争いあって栄枯盛衰の果てに今の体系が出来上がった、とか言うあたりは、天皇家云々の話になってきて、ちょっと素人が首を突っ込めない感じがあるけど、神でさえも互いに攻めたり守ったり、遠くに追いやったりというあたりは、ワーグナーの神々の黄昏そのものの世界だ。古今東西国の起源にまつわる神話は似たようなものなのだろうか。

そのあたりが本当の話かどうかは別としても、神社の社とかではなく、土に埋まった岩とか森とかを神体と考えて祭っていたという、そういう土臭い世界の雰囲気がまだ残っているのならぜひ行ってみたいと思う。今から30年以上前の旅の記録だから、もはや難しいのだろうか。

あと、大昔の民を治め土地を治める方法というのは、政治と宗教がごっちゃになっていて、お祈りだとか、お祭りだとか、占いだとか、一種の幻術のようなものでみんなの心を束ねていたらしい。それで治まる世界の範囲というのにはそう広くないとしても、今でも人間の特性としては変わっていないように思う。今でも宗教や祈りを触媒として人はすさまじい結束力でパワーを作り出すことができるし、祭りの時は、企てる方も参加する方も、無性に気分が高ぶるわけだ。

まずく使ってしまうと、単なる怪しい集団になってしまうけど、祭りの要素とかをうまく使えば、みんなのベクトルを合わせるいい方法になるんじゃないかなあ、とか、つい仕事のことにつなげて考えてしまったりする。

このシリーズ、一冊は薄いけど読み応えあるし、長い付き合いになりそう。全部で43巻あるらしいのでどこまで読めることやら。