藤沢武夫と宮内亮治
最近読んだ2冊の著者が期せずして似ていたので驚いた。
- 作者: 藤沢武夫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1998/07/10
- メディア: 文庫
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ホリエモンと共にライブドアの栄華を築いてこないだ実刑判決が下った宮内亮治のライブドア自叙伝
- 作者: 宮内亮治
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/03/24
- メディア: 単行本
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方や戦後の日本を代表する成功例として名高いホンダと、日本中を敵に回した挙句に司法の裁きを受けたライブドアという似ても似つかない会社に属しているわけだし、方や功なり名をとげたあとの「枯れた」状態での出版に対して、方や人生はこれからだ、という生々しい状態での出版という違いはあるんだけど、二人のポジションとか生き様にはいろいろと共通点があって妙に納得した。
二人ともが、「カリスマ性のある誰かをつかまえて、その人の夢を実現する役回りを引き受けることで、自分の能力を試してみたい」という願望を持っていたこと。宮内さんは「堀江が言う世界一のネット企業という夢を見届けてやろうじゃないか」という気概でライブドアにのめりこんだし、藤沢さんは「本田の大きな夢に橋をかける仕事をしたい」と思って「あなたは技術をよろしく、金はおれが調達する」といって、一緒に会社を作った。
で、二人ともが、それをライフワークとして骨身を削って没頭した。
運命の人に出会うのが二人とも遅い。(宮内さんがホリエモンに会ったのは28才の時、藤沢さんは35才の時。)
あと、二人とも大学を出ていない。
さらに、ホンダもライブドアも時代が違いはするけど、その時代のチャレンジャーだった。既存の勢力に力いっぱいぶつかっていった。
個人的にも、自分が一番やりたいと思ってるのは、そういう役回りなのかもなあ。と思う。
ホンダはたまたま、それに成功して、ライブドアはたまたまそうじゃなかった、という違いだけなのかもしれない、とかも思ったりもする。
読後感として、宮内さんの本はどうも言い訳がましくてちょっと・・・という感じがした。まあ、裁判対策的な意味もあるんだろうけど。藤沢さんの本を読むうちに、同じことでも成功すれば「先見の明」となって、失敗すれば「言い訳」になるのかもな、とかも思った。
藤沢武夫すげえ
藤沢さんのすごいと思ったところは、とにかく長期視点なところ。
- 町工場体質から大企業の管理体制を整えるまではあえて増産しない
- 2輪を極めるまでは4輪に参入しない
- 国内を固めるまでは輸出はしない
- 経営能力が未熟なうちはコンピュータを入れない
とか、短期的には利益がでないとしても、長い目で見て自分が主導権を握れるように動く、という基本の軸を忠実に実行している。
今の経営感覚というか単年度のスピード感ではありえないくらいの長期レンジでものを考えている。
そのほかにも
- 本業以外に手を出すな
- オイルショックに便乗するな
- なべ底不況に大規模設備投資
- たいまつは自分で持て
とか基本的にストイックで、時に逆張り的な大胆な発想もある。「たいまつは自分で持て」は、要は自前主義ということで「他人のふんどしで相撲を取るな」ということ。常に業界をリードする役回りを買って出るというホンダ魂の根源にあるもの。シビックもVTECもこういう文化の中から生まれたのか。
「経営」の「経」の字は「たて糸」だ。と言っている。織物を織るときは、まずたて糸を固定して、そこをよこ糸が縦横無尽に駆け回ることで作品ができる。自分が「たての糸」として「ぶれない軸」となることで、本田宗一郎という「よこ糸」が自由に動き回る環境を用意した。二つが揃ってはじめてホンダという作品を作り上げることができたのだ。というのが、この本の一番の肝のところかと思う。
が、それ以上に驚いたのが、藤沢さんの25年のホンダ人生の中で、創業5年目以降は「いかにして本田宗一郎後のホンダを作るか」を主眼において動いた、というくだり。一人の天才亡き後、次の天才が出てきて後を継ぐなんてことはありえない。だから複数の知恵を集めて、本田宗一郎以上の物を作り出す仕組みを、会社の中に組み込む必要がある。自分はその仕組みづくりを長い年月かけてやっていたんだよ、という気の遠くなるような構想に感服した。